長いようで短い人生、幼い頃はよく冒険に出たものだ。
ひとりで行ったことのない路地へ行くだけでもワクワクした。近所の犬にパンをあげるだけでビクビクしたし、小さなドブ川を飛び越えただけでドキドキした。そんな幼少期を誰もが経験したに違いない。タケシもその一人である。
「おかあさん、モモおいかけてくる」タケシは山本さん家の猫と遊ぶのが楽しいのだ。しかし、簡単には触らせてくれない、気まぐれな猫である。いつも追いかけるがすぐに逃げられる。タケシの家は道路から少し入り組んだ家と家の間にある。その家の間には車が停めてあるので、道路からは玄関も見えないのである。でも家の窓からはかろうじて道路が見える程度だ。何度もその窓から覗いてはモモを探していた。見つけては追いかけるの繰り返しだった。ある日、お昼ごはんに食べたシャケを少し残して右のポケットに忍ばせた。「ごちそうさま、モモ探してこよ」「車に気つけや、飛び出したらあかんで」モモはこの時間車の下で昼寝をしていると知っていたのだ。しかし、いつもビクッと起き上がり逃げてしまうのだ。ゆっくり、ゆっくり、そおっと、そおっと近づく。なるべく砂利を踏まずに音を立てず、忍者のように気配すら感じさせない。「(おるおる、気持ちよさそうに寝てる)」しゃがんで確認したところで、バランスを崩した。「ジャッ!」砂利を踏んだ音がモモを起こした。逃げるかどうか迷っているのか、タケシの目を見ている。タケシはすぐさま右ポケットから少し崩れたシャケを取り出した。モモは迷っている。見ている。あれは何だとばかりに見ている。そして、一歩近づく。また一歩近づく。「シャケやで、おいしいで」と差し出す。モモが目の前まで来た。匂いを嗅いでいるかと思った瞬間、ハムハムと食べたのだ。ざらっとした舌が右の手の平に感じた。シャケはすぐになくなった。モモはまだ手のひらを舐め続けている。ザラザラの舌で舐められて鳥肌がたった。「ニャー」と泣きながらタケシの手に頭を擦りつけてきた。その日からモモは家の前まで来るようになった。来るたびに、食べ物をあげた。ある朝、「いやーなんかおる」と母が叫んだ。窓から道路を覗くと何か動物が死んでいる。ネズミなのか、いやネズミより大きい。パッと見たところ4匹転がっている。茶色で前足だけが大きい。堂々とした佇まいでモモが現れ、何か咥えている。それをまた道路に吐き捨てた。タケシは玄関から飛び出して、走った。「触ったらあかんで!」という母の声を後ろに、「わかってる」あれはなんなのか。モモは何を捕ってきたのか。「ミャーミャー」モモの誇らしげな顔と鳴き声が早朝の薄暗い闇に消えていく。そいつは「モグラだ!」絵本通りグラサンをかけているわけではないが、大きな前足というか前爪で分かった。「絶対モグラやで!こいつ」カチコチだった。好奇心に抗えず、触っていた。夜中からここで死んでいたのか、こういうものなのかわからなかった。後ろの方から母がホウキとチリトリでモグラの死骸を集め出した。一匹拾い、そしてドブへ捨てる。また、一匹拾っては捨てる。モモが最後に持ってきたモグラはまだ動いてそうにみえた。母は関係なく、容赦無く、ドブへ捨てる。
大人になって振り返るとあれはシャケのお礼を持ってきたんじゃないかと思っている。猫の恩返し。なんてな、でもあの時のモモはすごく誇らしげで、野生の動物にすら見えた。とても家猫とは思えないそんな面構えだ。モモはメスだったし、ライオンもメスの方が狩りが上手って聞くよな。
後にも先にもモグラを見たことがない。